日本社会全体に、国民の生活に密着した細かい事柄をわざわざ取り上げたりする人を、器の小さい、学のない人間のように扱う傾向もないではない。 こうした傾向が、国民が政治や行政に積極的に関与する機会を奪い、結果として下から沸き上がるような変革の気運が生じてこない一つの原因にもなっている。
日本の銀行や郵便局で、外国人が不慣れな日本語で話しかけてきたら、どうするであろうか、そんなことをよく考えたものである。 なかには、ぶっきらぼうに答える人もいるであろうし、英語で対応しようとする人もいるであろうが、多くの場合、易しい日本語を使ってゆっくりと丁寧にどうゆう訳か子供にでも接するかのように、妙に簡単でたどたどしい日本語を使うという傾向がある些細な例ではあるが、外国人に接する態度そのものが、日本と英国では全く異なっているように感じたものである。
同様の思いは、初めて英国大蔵省に出勤し仕事を開始した1999年八月の、私にとって記念すべき日にも感じた。 新しい職場での生活に期待と不安を覚えながら、朝九時前に議会通りに面した英国大蔵省の玄関に到着した私は、守衛さんから予想もしない質問を色々と受けた。
「日本財務省から交換職員として出向してきて、○○課でこれから暫く働く」という私の説明に対して、少々朝早く来過ぎたということもあったのだろうが、「身分証明書はあるか、何か手紙でもあるか」と言ってなかなか中に入れてもらうことができなかったのである。 結局、出勤してきた課長に連れられて中に案内してもらった。
次にしなければならなかったことは、身分証明書を手に入れることであり、指示された守衛室に電話をして、写真を撮る日を決めることであった。 ところが、実際にその電話番号に電話してみたところ、コンピューター上のセキュリティーが証明されていないので、人事部局に相談しろと言われ、なかなか身分証明書を手に入れることができなかった。
また、机の上にはコンピューターが一応は用意されていたものの、ネットワークプリンターには接続されておらず、また、各種のデータベースに結局、英国人の外国人に接する態度の特徴を一言で言えば、「外国人を特別扱いしない」姿勢と言えるのであろう。 私の場合、英国一色の組織にいたために特別な面もあるかもしれないが、私の最大かつ唯一のアイデンティティとも言える日本人という点は、英国ではあまり役立たない。
別の言葉で言えば、英国では、外国人であるということについて、日本のように特別の意味はないように思われる。 考えてみれば、英国には、旧植民地からはもちろんのこと世界中から次々と外国人を受け入れてきた歴史がある。
英国にしてみれば、相手がネイティブであるかどうかなど問題ではないというのが正直な気持なのかもしれない。 外国人を差別することもしない代わりに、特別扱いもしないというのが英国の伝統ということであろう。

もちろん、この特別扱いをしないというのは相対的な感覚の問題であって、英国人にとっては、「私達は相当君を特別扱いしているよ」ということになろう。 実際、英語が不自由なノン・ネイティブな人と付合うのは、それはそれで大変だとこちらの頭が下がる思いでもある。
ただ、ここで言いたいのは、日本人が外国人と接する場合に比べてという意味である。 また、特別扱いしないということと、英国人が親切かどうかということが、別次元の問題であるということにも触れておかなければなるまい。
事実、英国大蔵省の同僚達は皆とても親切で、心侵しい人々ばかりであった。 私の不出来な英語にも気長に付合ってくれ、「あれを知りたい、これを教えてほしい」といったことにも懇切丁寧に応じてくれた。
彼等の親切がなければ、今回の英国生活は酷い結果になっていたことだろう。 いずれにせよ、日本と英国の間の違いに限らず、ある国の外国に対する接し方は、その地理的条件、歴史などによって大きく異なるようである。
例えば、広大な領土を有し世界最古の文明国の一つである中国は、周囲に対して高圧的で他からの文化や技術の摂取に必ずしも積極的でない独自の対外関係を築いてきた。 数カ国が陸続きで存在してきた欧州は、長い闘争の歴史を繰り返しつつ、文化的融合や民族的融合が進み、今や、戦いの歴史を繰り返さないためのEUという歴史的実験の中で新たな段階を迎えようとしている。
その中で、日本の歴史の特徴の一つは外国から「学ぶ」歴史であったと言える。 古くは、中国から律令制度や仏教を受け入れた。

宗教性が薄いと言われる日本人だが、仏教が与えてきた影響は測りしれない。 徳川幕府時代は鎖国という、海洋国家ならではの独特の対外政策が取られたが、これとても、外国に影響されやすいという日本人の性格を見越した、国内安定策であったとも言えなくもない。
明治以降は、まさしく欧米へのキャッチアップの歴史であった。 1871年には、K氏やO氏も参加したI使節団が欧米見学に渡り、個人レベルでもN氏が1871年にフランスに留学し、帰国後はルソー説を説いて、明治政府を攻撃した。
H氏は、幕末、威臨丸に乗船してアメリカに渡り、遣欧使節団の1人として英国も訪問している。 その後も、民間、政府様々なレベルで、外国への使節団の派遣が行われてきた。
この外国から「学ぶ」という先人の努力がなければ、今の我々がないことは明白であり、今なお、我々は、外国の美点を学ぶという姿勢を持ち続けるべきであるということは言うまでもない。 また、外国を参考にするという基本姿勢は、別に日本に特有のものであるという訳でもない。
ただ、明治維新以降の欧米との接触は、従来からの「外国から学ぶ」という姿勢以上に、我々日本人の意識の底にやみくもな欧米絶対信仰のようなものを根づかせたように思われる。 欧米文化というのは、基本的に恐ろしい文化である。
それは、科学技術の段階的発達を前提とした一種の「力」の文明であって、欧米文明の側に立たなければ、自らの立場が危うくなる(植民地化される)、明治維新時代の雰囲気であったと思う。 欧米文明が「力」の文明であることは、「愛の宗教」と呼ばれるキリスト教の歴史が血で血を洗う戦いの歴史であったこと、あるいは、欧米列強が世界中を植民地として自らの支配下に置いていた歴史を見れば明らかである。
驚くことに、スペインなどは、国の象徴でもある自国の紙幣(1000ペセタ札)の表にはC、裏にはPという中南米におけるスペインの支配を先導した二人の冒険家の顔を用いているくらいである(ユーロの流通により、いずれこの紙幣も消えゆくが)。 U氏は、十字架の上で血だらけになって死んでいったイエス様と安らかに死んでいったお釈迦様との違いを挙げて、攻撃的で戦闘的な欧米の文明の特徴を指摘している。
同様のことは、キリスト教の教会と仏教のお寺とを対比しても理解できるのではあるまいか。 キリスト教の教会の多くは、巨大で相手を威圧するような雰囲気があるが、仏教のお寺はむしろ自然の中に溶け込んで、人間を包み込むような平和な雰囲気がある。
フランスのシャルトルの大聖堂、スペインのサンティアゴ・デ・コンポステーラの大聖堂、あるいはイギリスのイーリー大聖堂などを訪ねてみたが、いずれものどかな自然の中から忽然と姿を現す巨大な教会の姿は圧倒的な力強さを感じた。


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